俺の車の前まで来て2人で立ち止まった。
今日は楽しかったよ、と彼女は微笑んだ。
直視できない。下を向き、こちらこそと返す。
彼女は空を見上げ少し間をあけて言った。
帰ろっか。
ああ、と返す。
そして必死に自分に言い聞かせた。
仕方ない。お互い結婚しているんだから。
じゃあ・・・また明日、と伝えて車の運転席のドアを開ける。
カレンに目をやると、彼女は空を見上げたまま動かなかった。
不思議に思い声をかけようとして気がついた。
カレンは泣いていた。涙が頬を伝い微笑みも消えている。
その美しい横顔に見とれてしまった。声が出ない。
彼女はハッとした様子で顔を正面に戻し、涙を手の甲で拭った。
そしてすぐに立ち去ろうとした。
思わず声をかける。涙の理由が知りたかった。
彼女は立ち止まりこちらに振り返った。
そしてこちらに向かって歩き出し、俺のすぐ目の前で立ち止まり言った。
家に帰るのが怖い、また殴られるかも、と小声で言った。
抱きしめてあげたかったが、理性が邪魔をする。
誰かに見られたら彼女の人生に影響が出るかもしれない。
今日は一緒にいようか、と声をかけてみる。
彼女はボクに抱きついてきた。
少し落ち着いてから、2人で車に乗り込んだ。どうやら彼女は電車で来たらしい。
車内のデジタル時計に目をやると、もう22時になっていた。
念の為、彼女に確認を取ってホテルへ向かう。
道中会話はなく、彼女は窓からずっと外を見ていた。
俺は普段ラジオを全く聞かないが、気まずいのでつけてみる。
ノリノリの音楽が流れてきた。場違いすぎる。
しかし、すぐに止めるのも気が引けたのでそのまま放置した。
彼女が鼻でかすかに笑ってくれたので少し救われた。
ホテルに到着し部屋が選べるパネルで空室をチェックする。
手頃な部屋が空いていたので、カウンターに向かい手続きを済ませる。
エレベーターに乗る。
密室で無言は気まずいパターンだ。
部屋が空いていて助かったね、とカレンに話を振ってみる。
そうだね、と抑揚のない声が返ってきた。
エレベーターから降りて通路に出る。非常に静かだ。
自分たちの部屋を見つけ、カウンターで受け取った鍵を使ってドアを開ける。
8畳くらいあるだろうか。ベッドとテレビ、ソファとテーブルが1つずつある。
それとトイレと風呂、洗面台が一緒の3点式ユニットバスがある。シンプルな部屋だ。
とりあえず2人でソファに座る。
なんとなくテレビをつけた。バラエティ番組が映る。
もうすぐ22時。明日はお互い仕事である。
俺は席を立ち、風呂場にあった機器を操作し、お湯を張った。
彼女の方に目をやるとテレビを観て微笑んでいる。少し元気が戻ったようにも見えた。
風呂に先に入るか聞いてみた。彼女は先いいよ、と言った。
ユニットバス内で衣服を脱ぐ。
初デートということもあり、緊張が取れないので早く湯船につかりたい。
シャワーで簡単に体を流し湯船に入る。気持ちいい温度だ。
するとガチャっという音とともにカレンがユニットバス内に入ってきた。
ドキッとした。
服を脱ぐ音がする。後ろを向けない俺の心臓の高鳴りはピークに達していた。
そしてカレンは一糸まとわぬ姿で視界に入ってきた。
美しい。顔だけでなくスタイルも素晴らしい。
しかしすぐに異変に気がついた。体にアザがあるのだ。
腹部、肩、背中・・・色からして最近ついたと思われるものから治りかけのものまで数カ所みて取れた。
カレンはそんな俺の視線、いやらしい意味ではなく哀れんでいる視線に気がついたのだろう。視線を下に落とした。
俺は湯船から出て彼女を抱きしめた。
彼女は体を震わせて泣いた。
同じ向きで湯船に入り、静かな時間を過ごした。
彼女はこのときどんな表情だったのだろう。
お互い風呂から出て各自で体を拭く。無言だ。
俺は用意されていたバスローブを纏い布団に入った。
カレンもドライヤー後に布団に入ってきた。
自然と肌がふれあう距離。もう言葉はいらないよね。
そしてお互い求めあった。
彼女に対する思いを行為で表現した。
彼女もそうしてくれていたように思う。
しばらくして、静寂な時間が戻ってきた。
不謹慎かもしれないが、これほど綺麗な女性と一緒にいられることが素直にうれしかった。
彼女の顔に目を向けると、目をつぶったまま呼吸を整えていた。
彼女も同じように感じてくれていると嬉しい。このひと時だけでも喜びを感じてくれていたらいいのに。
チェックアウトは朝の5時。
旦那さんは、カレンの朝帰りにどう反応するのだろう。
朝起きたらカレンと言い訳でも考えよう。
そして俺たちはそのまま眠りに落ちた。
起床。
スマホで時間を確認する。4時半の表示。
今日は仕事である。一度家に帰って着替えなければ。
カレンを起こす。寝起きの表情も美しい。
車に乗り込み、最寄り駅でカレンを降ろす。
彼女はドアを閉めたあと、軽く片手を上げて向かいの駅の方に歩き出した。
俺も自宅へハンドルを切る。
道中、彼女がファミレスの駐車場で泣いていたことを思い出した。
この関係はお互いの配偶者を不幸にするかもしれない。しかし、その配偶者が先にこちらへ不幸をもたらせたのだ。一方的に非があるという謂れはない。
自宅に戻ると、妻が朝食を作っていた。
こちらの様子を見て何か悟ったのだろうか。女の勘は鋭いと聞いたことがある。
普段は絶対に言わない、「おかえり」という言葉が耳に入ってきた。
俺は返事をせずに自室に行きドアを閉めた。
・・・なんだこの罪悪感は?
不倫の味は蜜の味じゃなかったのか?
俺の頬に涙が伝っていた。
おわり
(この話はフィクションです)
【関連記事】