【マイストーリー】実力不足でメンタル崩壊。受付事務時代

受付

 

地元の求人広告に事務職の募集が出ていて条件も悪くなかったので、面接を受けてみました。

 

無事採用。

 

スポーツ施設の受付事務だったのですが、想像以上に大変でした。

 




 

何が大変だったかといいますと、契約社員採用でしたが中間管理職みたいなポジションからスタートしたことです。

 

責任も重く、すぐに結果を求められました。

 

ここで痛かったのは、指導してくれる上司が他のスポーツ施設も担当しており、週1、2回しか会うことが出来なかったことです。

 

とはいえ、泣き言は言っていられません。業務は過去の資料を元に手探りで進めていくことになります。

 

 

 

受付という仕事柄、チームプレイが重要で、中間管理職的ポジションだった私は、

 

・お客様に対するスタッフの対応を統一する

・スタッフの意見を取りまとめて上司に報告する

・上司からの指示をスタッフに理解できるように伝える

 

などを求められました。

 

 

自分なりに頑張ってみたものの、このチームプレイの部分でつまづき、指導してくれる上司より更に上の上司から叱責される日々。

 

自分の業務を覚えることで精一杯なのに、他のスタッフのことや施設運営、開催行事のことも考えて動かなければならない日々。(これ、無理ゲーですよね)

 

 

徐々にメンタルが崩壊してきて、1年後には頭痛と吐き気が頻発するように。

 

(自分はなんて能力がないのだろう。こんな重要ポジションに応募してしまいスミマセンでした・・・)

 

毎日、このような自己嫌悪におちいるようになりました。

 

 

 

続けていたら精神病になる確信があったため、支えてくれた先輩やパートさんには申し訳ないと思いつつ、キリが良いタイミングで退職しました。

 

この記事を書いている今でも、当時のことを思い出すと吐き気がしてきます。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

その後、体調が回復するまで休みました。

休みつつ、次の仕事について考えました。

 

思ったのは、人間関係が重要な職場は向いていないということ。

他人のことを考えられる器がボクにはない。

 

じゃあ、どんな仕事がいいのだろう?

 

 

思いついたのは、家庭教師でした。

調べてみると、小学生の補習レベルでもそこそこ需要がありそうでした。

 

家庭教師なら生徒と1対1だし、職場の人間関係とかなさそうじゃん!

学歴の問題さえクリアすれば、できそうじゃん!

 

と思いました。(今考えると、ワラにもすがる思いだったのかな、と)

 

 

で、大学について調べてみると通信制の大学だと学費が安いことに気づきます。

 

通信、、、まあ大学生には変わりないか。

でも聞いたことある大学とかあるのかな?

 

慶應と法政が有りました。

 

ふむふむ。じゃあ、どうせなら慶應受けてみるかな!

 

こうして『慶應義塾大学』を目指すことになります。

 

 

つづく

 

 

【関連記事】

【マイストーリー】わりと優秀な小学生時代

【マイストーリー】一覧

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA